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冬 三

last update publish date: 2026-06-12 06:12:56

「やっぱり西の対の警備が厳重になってるようだな」

 群盗の一人が仲間に囁く。

 男達は音を立てないようにしながら東の対に向かった。

 東の対の寝所では薄明かりが灯されていた。

 小袿を着た女性が本でも読んでいるのか俯いている。

「騒ぐな。大人しくしてれば殺しゃしねぇ」

 盗賊が小袿の女性に下卑た笑みを浮かべながら刀を突き付ける。

 俯いていた女性は重ねた小袿の下に手を伸ばした。

 女性は襲の下に手を伸ばしたかと思うと微かな金属音がした。

 次の瞬間、女性が振り返り銀閃がひらめく。

「ーーーーー!」

 男が叫び声を上げて倒れた。

 他の男達が浮き足だつ。

 小袿を着た人物が更に踏み込み別の盗賊に斬り捨てる。

 別の盗賊が倒れる。

手前てめぇ!」

 男の一人が女性の動きを止めようと長い髪を踏み付けた。

 かもじ(付け毛)が外れる。

 取れたかもじ

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  • 影の弾正台と秘密の姫   参考文献一覧と作中に関する補足

    敬称略 順不同鏡山昭典『私撰 枕ことば辞典』阿部萬蔵・阿部猛『改訂版 枕詞辞典』八條忠基『詳解 有識装束の世界』倉本一宏『平安京の下級官人』和田英松『官職要解』榎村寛之『斎宮-伊勢斎王たちの生きた古代史』承香院『あたらしい平安文化の教科書』繁田信一『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』こさかべ陽子『よく分かる平安時代』『平安時代の絵事典』『光る君へ』ついに最終回…時代考証が語る平安貴族の「政治」と「恋愛」<上>https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20241209-OYT8T50192/『光る君へ』ついに最終回…時代考証が語る平安貴族の「政治」と「恋愛」<下>https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20241209-OYT8T50194/望月光『望月光の古文教室 古典文法』荻野文子『マドンナ古文 パーフェクト版』『落窪物語』『平中物語』『御堂関白記』『小右記』『堤中納言物語』『日本書紀』『古事記』『古今和歌集』『山槐記』『源三位頼政集』小松英雄『伊勢物語の表現を掘り起こす』望月光『望月光の古文教室 古文読解編』荻野文子『マドンナ古文常識217』荻野文子『マドンナ古文和歌の修辞法』岡本梨奈『岡本梨奈の1冊読むだけで古文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』木下武司/亀田龍吉『万葉集 植物さんぽ図鑑』成清弘和『律令家族法の研究』『令義解』『律令制と古代社会』河添房江『紫式部と王朝文化のモノを読み解く 唐物と源氏物語』八條忠基『有職故実から学ぶ年中行事百科』梶川敏夫『ビジュアル再現 平安京 地中に息づく都の栄華』梶川敏夫『新版よみがえる古代京都の風景

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  • 影の弾正台と秘密の姫   夏 四

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  • 影の弾正台と秘密の姫   夏 一

    〝藤浪の なみたつ想ひ ちりぢりに よする汀は 恋に濡れなむ〟「由太、これを管大納言の大姫に届けてくれ」 貴晴はそう言って文を由太に差し出した。 由太が文に目を落とす。「あの……姫ということはこれは懸想文ですよね?」「当たり前だろう」 貴晴がそう答えると由太が深い溜息を吐いた。「なんだ?」「懸想文をこんな色気のない紙で出す人がいますか!」 由太はそう言ってから、「読んでも?」 と訊ねると、貴晴が許可する前に文を開いた。「このお歌なら紙は薄色がよろしいで

  • 影の弾正台と秘密の姫   春 六

    「…………」 貴晴と隆亮は視線を交わした。「あ、あの……」 大姫が困ったような声で言い掛けてから口籠もる。 大納言の随身は六人。 大の男が六人も必要になる用……? 大荷物を運ぶのでもない限り考えづらいし、どちらにしろそういうのは随身ではなくて使用人にさせるものだ。 となると自分で人払いをしたのかもしれない。 例えば男との逢瀬とかで……。 男と二人きりになりたくて人払いをしたのなら随身達が揃っていなくてもおかしくはないが……。 貴晴はさり気なく身体の向きを変えて牛車の前の御簾に視線を走らせた。 男物の衣裳の裾は出ていない。 貴晴が牛車の方に目を向けた時、辺り

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